『二宮金次郎伝』(三戸岡道夫:著)の中にタイトルの答えとなるお話がありましたのでご紹介したいと思います
二宮金次郎のもとへ正月の餅米を借りに来た源吉。大酒呑みで、怠け者であった源吉に金次郎はこう諭した・・・
「お前のような怠け者で、大酒呑みが、正月だからといって人様と同じように餅を食おうというのは、心得違いである。正月は急に来るわけではない。また米は偶然に得られるものでもない。正月は365日たって来るわけであり、米は春耕し、夏草を取り、秋に刈って、はじめて米になるのである。お前のように春に耕さず秋に刈らない者に、米がないのは当然である。・・・・・・・正月に餅が食いたければ、今日から酒をやめ、春には田を耕して米を作り、来々年の正月に餅を食うべきである。だから今度の正月は餅を食うのはあきらめなさい。」
『二宮翁夜話』から
この金次郎の言葉を読んで、「その通りだよね」と思う方は多いのではないでしょうか。源吉は、正月まで十分な時間があったにも関わらず、餅を食べるために必要なことを何もしてきませんでした。その代わり、自分の欲を満たす行動を取り続けてきました。何もしていないのに得られることは通常ありません。
それでは、この話を健康に当てはめてみましょう。まず、不健康は急になるものではありません。今までの不摂生が身体に蓄積されて起こるものです。健康は健全な日常生活の上に成り立っているもので、そういった必要な努力なしに得られるものではないのです。
十分な睡眠もバランスの取れた食事も適度な運動も(自分の日常生活を変える努力も)せず、健康だけを求めても、健康は得られません。金次郎の言葉ではないですが・・・諦めてください。
健康は当たり前に与えられているものではありません。健康は他人が与えてくれるものでもありません。健康は自分の身体の機能がスムーズに働いたうえで、自分自身の基本的生活習慣が整うことで得られるものです。
余談ですが・・・
二宮金次郎または二宮尊徳(そんとく)という呼び名が定着していると思いますが、実際は二宮尊徳(たかのり)が本来の呼び方ということで、金次郎は通称、尊徳(そんとく)は有職読みだそうです。恥ずかしながら、この本を読むまで全く知りませんでした。